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第三回 日本のお風呂、外国のお風呂

こんにちは、お風呂やプールにまつわるお話を真面目かつユーモラスにお送りするユーアイ塾のお時間です!
さて、今回の話題は「日本のお風呂、外国のお風呂」です。
前回はブイブイ言わせる系の菌の話題で少々脅しまがいの記事になってしまったので、今回は趣向を変えてのんびりといきたいと思います。

世界では珍しい入浴文化・日本

我ら日本人の約7割は毎日お風呂に入っています。しかも圧倒的に湯船に浸かる派が多いです。
世界的に見てもこんな頻度で湯船に入っている国はないと言っていいでしょう。なぜ我々はこんなにお風呂大好きなのか……。考えてみてもたしかによく分からない。魂がそうさせているとしか言いようがない……。
ということで、まず始めに我々の魂に刻み込まれたお風呂への愛を紐解くために、日本のお風呂の歴史から調べてみました。

神社のコレも禊

昔々の日本は神道の国であり、穢れを落としたり、神事の前に滝や川、海などで身を清めたりという「みそぎ」の習慣がありました。裸祭や滝行などもアレもそうですね。神道の神様は精神的・肉体的な穢れを嫌うので、この頃から日本人は清潔を心掛けていたようです。

そこに仏教が伝来。「沐浴もくよく(水で体を洗い潔めること)」を高徳とし、汚れを落とすことは仏に仕える者の大切な仕事だと寺院に浴堂・湯堂が作られました。そして、「七病を防ぎ、七福を呼ぶ」として、一般民衆にも開放されるようになります。
もとから穢れに敏感であり、なおかつ仏を「他国の神」と受け入れる神道の多神教ぐあいで、日本人は浴堂のことも歓迎したのではないでしょうか。この神道と仏教の出会いが清潔に対する意識をさらに強めた結果になります。

ただし浴堂は湯船に浸かるわけではなく、薬草などを入れたお湯を沸かして、その蒸気を浴びる形でした。蒸し風呂スタイルです。
現在の湯船スタイルになったのがいつだったかは不明ですが、一般化したのは江戸時代に入ってからと考えられています。普段おこなう行水スタイル(桶に水を溜め体を洗う)と蒸し風呂スタイルが見事に融合したということですね。鎌倉時代から温泉の入浴も一般化していたので、そのおかげもあるのでしょう。

その江戸時代、なぜ湯船スタイルが一般化したかといえば『銭湯』のおかげです。
当時銭湯は豊臣さんが天下統一をした頃に江戸に初めて建てられて以来、めちゃくちゃ流行ったようです。「銭湯に行かねーヤツまじやべぇ(エクストリーム意訳)」みたいな川柳があったくらいなので、大体の人は通っていたのでしょうね。娯楽やコミュニケーションの場としても機能し、むしろそれが目的で足を運ぶ人も多かったので、銭湯に行かない人は時代遅れというレッテルを貼られるわけです。

もう訳が分からないよ

そのまま銭湯ブームは長いこと続き、昭和42年には全国に約23000軒も銭湯があったらしいです。現在一番店舗数が多いコンビニより多いとかちょっと怖い。
そうやって現在まで日本のお風呂文化は続いてきました。

環境の面でいえば、日本は高温多湿の気候で汗を掻きやすく、風通しのよいおうちが好まれました。しかしいくら風通しがよくとも汗は掻く。さらに冬は冬で寒い。
けれど日本は水資源も、燃料となる森林資源も豊富である恵まれた国。
このように環境面でも日本はなにかと入浴を必要とし、またそれが容易くもありました。
これだけの条件が揃えば、そりゃあ風呂好きになりますわ。我が国NIPPONはそんな感じでした。

海外の入浴文化

一方海外のお風呂文化はどうなっているのかと言うと。
はるか昔のインダス文明の時代、都市の中心には大規模な公衆浴場があり、すでにお風呂という概念は存在していたとされます。他にも世界の各地で公衆浴場が見つかっていることから人類の入浴の歴史がかなり古いということが分かります。一度は聞いたことのある「テルマエ・ロマエ」でお馴染みの古代ローマの時代より以前のことなんですから驚きです。
ここまでの流れだとローマ帝国のあったヨーロッパの国々なんか、我ら平たい顔族と同じくお風呂大好きになってもおかしくないと思いますよね。

だがしかし。

その頃からローマに浸透し始めたのがキリスト教であり、キリスト教はひとが裸で集まることをよしとしませんでした。よって公衆浴場は廃れていってしまったのです。
男女混浴の浴場もあったというんだからまぁ仕方ない気もします。風俗的な営業をしているところもあったので風紀委員的には完全アウトですしね。

「日本の銭湯も昔は混浴やったんや」

さらに14世紀になるとペストという伝染病が流行り、公衆浴場はもちろんのこと入浴という行為さえも「体に菌を取り込んでしまう」と間違った解釈がなされて避けられるようになってしまいます。これで細々やっていた浴場も腹を決めました。グッバイ・お風呂。
18世紀頃までそんな誤解で入浴が避けられていたのですが、入浴の習慣があったユダヤ人がペストにあまり感染していないことからお風呂が再登場。しかし19世紀になるとイギリスで産業革命が起こり、シャワーが発明され、簡単に体を洗うことができて時間も経費も以前より掛からないとして、シャワースタイルが広まっていきました。

世界には水資源が豊富ではない国、お湯を沸かす燃料が少ない国、何度も沐浴をする習慣がある国など様々な環境・風土の国があります。シャワーはとても利便性がよく、それらの国に適応していきました。
各国理由はありますが、シャワー文化の人たちには日本人のような湯船に浸かる習慣はあまり持っていないようです。

お風呂文化を広めるために

「海外はシャワーのイメージがあるにしろ、湯船に浸かる習慣があるのは日本人だけとは……。もったいない、あんなに気持ちいいのに」とお風呂をこよなく愛する我々はそう思ったりもするでしょう。
最近では日本の温泉文化、ないしお風呂文化に世界が注目しはじめ温泉地にも外国人旅行者が見られるようになりました。湯船に浸かる快感を覚えてしまった方も多いはずです。一部では自国でもお風呂に入ってゆっくりしたいという声もあるみたいで、まだまだお風呂周りの設備が行き届いていない海外にはつけ入る隙が充分残されています。
東京オリンピックが開催される2020年は外国人旅行者の増加が期待されていますが、その機会にお風呂の素晴らしさが世界中に知られればあるいは給湯器、さらには追い焚き装置なんかも必要とされ始めるかもしれません。英語だ、英語を勉強しなければ。

「ここまでアツく語ったけど、オレ、シャワー派やねん」

ということで第三回のユーアイ塾、如何だったでしょうか。
お風呂と言っても歴史があるんですねぇ。歴史アリ、未来アリ、お風呂は素晴らしいですね。
海外でも通用する浴場設備を提供するユーアイ技研は明るい未来を目指します!

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